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大阪地方裁判所 平成5年(行ウ)25号 判決

大阪府東大阪市寺前町一丁目六番九号

原告

株式会社峠田商店

右代表者代表取締役

峠田卓也

右訴訟代理人弁護士

竹内

大阪府東大阪市永和二丁目三番八号

被告

東大阪税務署長 中村匡克

右指定代理人

小野木等

竹田優

長谷川優

北尻裕二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が平成三年八月三〇日付でした原告の平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までの事業年度の法人税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の確定申告書(以下「本件申告書」という。)に、所得金額を五五三万〇三三四円、納付すべき税額を一六〇万二九〇〇円と記載して、平成二年九月五日被告に提出し、その後平成三年四月三〇日には、所得金額を五九八万〇三三四円、納付すべき税額を一七三万三四〇〇円と記載した修正申告書を提出した。

2  その後、原告は、平成三年六月二一日付で、租税特別措置法(以下「措置法」という。)六五条の二(収用換地等の場合の所得の特別控除)の特別控除がされていないことを理由に、欠損金額を二七〇万五二一七円、納付すべき税額を〇円とすべき更正の請求をしたところ、被告は、同年八月三〇日付で、原告に対し、更正をすべき理由がない旨の通知をした(以下「本件通知処分」という。)。

(以上の事実については甲二ないし四号証参照)

3  原告は東大阪市岸田堂北町一〇-三二若松市場において呉服店を営んでいたが、大阪府が施行する道路改良事業に伴う市場前の道路拡張のため、平成元年一一月より平成二年二月三日にかけて、大阪府土地開発公社から立退補償を受けて立ち退いた。その際、原告は収用にともなう立退補償には税法上特別控除がある旨右公社から説明を受け、右特別控除を受けるために必要な収用証明書の交付も受けていたが、本件申告書の提出にあたり、措置法六五条の二第四項所定の申告の記載及び書類の添附をしなかった。

4  本件は、原告が、本件申告書提出時に措置法六五条の二第四項所定の申告の記載及び書類の添附をしなかったことについてやむを得ない事情があるので、同条第五項により同条所定の特別控除の適用を認め、更正の請求を認めるべきであるとして、本件通知処分の取消しを求める訴訟である。

二  原告の主張

1  原告は、本件事業年度の決算にあたり、長年にわたり税務上の一切の事務を委嘱していた訴外村田義輝税理士に、前記一3記載のとおり公社から受領していた収用証明書等を預けていたが、同税理士は平成二年七月三〇日に死亡した。

2  原告は法人税の法定申告期限(同年八月三一日)が迫っていたので、やむなく残務整理中の同税理士事務所の職員に確定申告を依頼した。原告は、同税理士に特別控除を受けるために必要な書類を預けていたため、同職員においても当然特別控除の手続を取るものと確信していたが、同職員が不慣れのため、措置法六五条の二所定の特別控除のための手続がなされなかった。

3  右事実は、平成三年四月一一日、東大阪税務署の定期調査の際、調査担当者から店舗の移転補償等について聞かれて判明したものである。そこで、原告が調査担当者にどうしたらよいか相談したところ、更正の請求をするよう指導された。

4  措置法六五条の二第五項は、同条四項に基づく所定の手続がされなかったことについて「やむを得ない事情」があるときには、同条所定の特別控除を認める規定であるが、右規定は、収用事業に協力した者に対し恩典を与える規定と解されるから、右規定の解釈は杓子定規に行うべきではなく、その者の責めに帰することのできない客観的事情のみならず、原告主張のような主観的な事情も考慮して「やむを得ない事情」の有無を考慮すべきであり、本件の原告には「やむを得ない事情」があるというべきである。

三  被告の主張

1  措置法六五条の二第五項にいう「やむを得ない事情」とは、例えば、天災又は交通の途絶等異常な災害に起因する場合のように、その者の責めに帰することのできない相当の理由が存在する場合をいうものと解するのが相当である。

2  仮に、原告が村田税理士に対し、原告の本件事業年度の決算について、確定申告を含む一切の税務処理を委任しており、村田税理士の死亡が原告にとって不測の事態であったとしても、原告の本件事業年度の確定申告の法定申告期限は、平成二年八月三一日であって、村田税理士が死亡した同年七月三〇日からなお一か月の期限が残っていたのであるから、原告において他の税理士に税務処理を委任し、あるいは自ら確定申告をするなどの方法をとる時間的余裕は十分あったといわなければならない。

そして、原告の主張によると、残務整理中の村田税理士事務所の職員に確定申告を依頼したとのことであるが、このような場合には、原告の責任において、確定申告書の作成を委ねる相手方の資格や能力を判断しなければならないし、また、処理を依頼するに際して当該特別控除について十分な説明をし、あるいは、確定申告書の提出に当たり、特別控除に関する記載があるか否か、必要な書類の添付があるか否かを確認しておれば、本件のような事態は容易に回避することができたものである。

3  措置法六五条の二所定の特別控除は、収用事業に協力した者に対する恩典であるが、同条五項の規定は右恩典とは直接関係がなく、他の同旨の規定(法人税法二三条等)と殊更異なる解釈をする必要はない。

4  原告は、調査担当者から更正の請求をするよう指導されたので、更正の請求をした旨主張するが、「やむを得ない事情」の存否は、申告の段階において判断すべきものであるから、仮に右主張のような指導があったとしても、「やむを得ない事情」の存否の判断に影響するものではない(なお、右指導の事実は否認する。担当職員は、更正の請求が一応考えられる、との趣旨を述べたに過ぎない。)。

5  したがって、原告には措置法六五条の二第五項の「やむを得ない事情」は存在せず、同条所定の特別控除を適用することはできないから、本件通知処分は適法である。

第三当裁判所の判断

一  措置法六五条の二第五項の「やむを得ない事情」とは、自然的災害、人為的災害、交通途絶等の客観的に見て本人の責めに帰すことのできない事情をいうものと解され、個人的な事情はこれに該当しないというべきところ、原告がその主張1、2で主張する事情は、もっぱら原告の主観的ないし個人的事情に過ぎず、同項にいう「やむを得ない事情」に該当しない。

原告は同条五項の規定は収用事業に協力した者に対して恩典を与える規定であるから、「やむを得ない事情」には主観的な事情も含まれる旨主張するが、措置法六五条の二が収用事業に協力した者に対して与えた恩典は、同条四項所定の手続を取ることを前提として特別控除を認めることであり、同条五項が置かれたことは右恩典に含まれるものではないから、原告の主張は独自のものであり採用することはできない。

なお、原告の主張3の事実は、確定申告の後の事情であり、「やむを得ない事情」の存否は、申告の時点において判断されるべきであるから、右事情は「やむを得ない事情」の存否の判断にあたっては考慮されない。

二  以上のとおり、仮に原告の主張する事実がすべて存在するとしても、措置法六五条の二第五項の「やむを得ない事情」には該当しないから、原告に措置法六五条の二所定の特別控除を適用することはできないというべきであり、原告の更正の請求に対して更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 小野憲一 裁判官 井田宏)

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